研究内容

当教室での研究

 細菌は我々を取り巻く環境の至る所に存在しているだけではなく、我々の体内にも常在菌として住み着いている。これらの細菌の中にはヒトに有用な細菌もいるが、逆に強い病原性を発揮するものもある。近年、医療の進歩に伴って病原性の強くない、いわゆる日和見病原体による感染も重要視されてきている。感染成立に関与している因子として生体の持つ防御機構と寄生体側すなわち菌側の病原性とが考えられるが、我々の研究室では菌側の持つ病原因子の解明とその作用機構、さらにその病原因子を抑制する物質の検索などを目標としている。以下に我々が目指している目標のそれぞれについて主にどのような仕事が展開されてきているかを概説する。

 

1.腸管出血性大腸菌の産生する新規毒素Subtilase cytotoxin (SubAB) に関する研究

 SubABは2004年にオーストラリアの研究グループにより O113:H21 98NK2 株で見いだされた新規毒素である。SubABは細胞のシャペロン蛋白質である BiP を特異的に切断し、ER ストレスを引き起こす。我々は SubAB を千葉大学病院で分離された腸管出血性大腸菌からクローニングを行い、SubABの性状を解析するために精製、および抗体を作製した。これまで、SubAB の BiP 切断によるER ストレスが小胞体ストレスセンサー蛋白質であるPERKを活性化し、一過性の蛋白合成阻害、形態変化、細胞周期の停止、オートファジー抑制、ストレスグラニュー形成誘導、細胞死(アポトーシス)を引き起こすことを報告しています。更に、SubABの宿主受容体が インテグリン a2b1等の膜蛋白に修飾された糖鎖で有ること、SubAB が静菌作用を持つリポカリン-2 (LCN2) の分泌を阻害することを報告しています。現在、この SubAB によるヒト細胞に対する致死作用を含めた宿主応答メカニズム、受容体を詳細に解析中である。

 また、SubABの特異な活性に興味を持って頂いた外部の研究者との共同研究も精力的に進めている(国立感染症研究所、同志社大学、熊本大学)。UCSF/HHMI (USA)との共同研究では、蛋白合成阻害下での、転写・翻訳機構の新規解析法の構築、機構に関する研究がScience (Shelley et al. 2016)に掲載された。

 

2.腸管出血性大腸菌の産生する志賀毒素に関する研究

 腸管出血性大腸菌は主要な病原因子として志賀毒素を産生する。志賀毒素には構造的にも機能的にもよく似た志賀毒素1(Stx1)と志賀毒素2(Stx2)が存在する。疫学的な解析から、Stx2を産生する腸管出血性大腸菌の方がStx2を産生しない腸管出血性大腸菌よりも重症化に関係していることが示唆されている。このことは各々の毒素活性、あるいは腸管出血性大腸菌による毒素の産生量、産生のタイミング、産生された毒素の菌体外への放出などに違いがあり、それがStx2を産生する腸管出血性大腸菌のより高い病原性に関与していると思われるが、どのようなStx1とStx2の違いが腸管出血性大腸菌自体の病原性の違いに関与しているのかは、まだよく分かっていない。そこで我々はこのことを明らかにする目的で、Stx1とStx2の違いの1つである産生後の菌体内外への志賀毒素の分布の解析をおこなっている。現在までに、Stx2が菌体外に局在しているのはStx2に対する二種類の全く異なったStx2放出機構が腸管出血性大腸菌に存在しているためであることが明らかになった。今後は、この二種類の特異的な志賀毒素放出機構の解析をおこない、腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素の菌体外放出の全容を明らかにしていきたい。

 

3.腸管出血性大腸菌の感染成立に関わる病原因子の研究

 腸管出血性大腸菌は非常に少ない菌で感染が成立することが知られている。このことは外部環境に応じて、菌体がその時々に適切な遺伝子を発現し、病原性を発揮しているからだと考えられるが、詳細は分かっていない。腸管出血性大腸菌が宿主との感染成立に重要なステップの1つとして三型分泌機構による特徴的な腸管上皮細胞との接着がある。最近、我々はこの接着時に腸管出血性大腸菌が志賀毒素の産生を上昇させている事実を見つけた。現在、このことがどのような仕組みで起こっているのか。また、腸管出血性大腸菌はどのようにして自身が宿主の細胞に接着したことを認識しているのかを解析している。

 

4.コレラ菌が産生するCholix 毒素によるADP-リボシル化に関する研究

 細菌の産生する毒素の中にはNAD を基質して NAD から ADP-リボースを切りだして特定の蛋白質に共有結合させる ADP-リボシル化活性を持つものが知られている。この反応は前教授の加藤らによりジフテリア毒素において始めて報告されたものである。その後、相次いでコレラ毒素、百日咳毒素等がこの活性を持っていることが報告されてきた。細菌毒素によるリボシル化は全てモノADP-リボシル化反応であるが、生体内においては内在性のポリADP-リボシル化反応が存在することが知られている。これらの反応は蛋白の翻訳後の修飾としてリン酸化と並び注目されている。最近、コレラ菌の中から新たにADP-リボシル化活性をもつ毒素 Cholix が発見された。Cholix はその結晶構造解析から緑膿菌の産生するExotoxin A と非常によく似た構造をとり、蛋白合成に必須な eEF2 を ADP-リボシル化することで細胞の蛋白合成を阻害し細胞死に誘導することがマウスの細胞を用いた実験で報告された。我々は、Cholix のヒト細胞における作用機序を解析することを目的としてクローニングし、抗体を作製した。現在、Cholix のヒト細胞に対する細胞致死作用メカニズム、受容体の同定、蛋白合成阻害により誘導される細胞内の mRNA の変化をマイクロアレイ等を用いて詳細に解析している。

 

5.ヘリコバクター・ピロリの産生する毒素の研究

ヘリコバクター・ピロリはヒトの胃に生息する螺旋状のグラム陰性桿菌であり、胃炎、胃潰瘍、更には胃癌の病原因子として注目されている。当研究室ではピロリ菌の産生する空胞化毒素(VacA)に関する研究を長年進めており、これまで、 VacA の宿主受容体の同定を中心に、受容体の機能解析を含めた宿主応答の解析を行ってきた。 最近、ギャップジャンクションの構成蛋白質であるCx43がVacAの細胞障害性に関与しており、VacAによってCx43が細胞内に蓄積することを明らかにしている。

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