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生水教授の雑誌掲載記事:最新医療情報 妊産婦死亡ゼロをめざす「3.5次救急」母体搬送システム

2013/12/11

早く送ってもらえば危険な症例も救命できる

  人口10万人当たりの年間妊産婦死亡者数は現在、全国で5人前後。国際的にみればトップクラスの「安全なお産」ができる国であることは間違いない。しかし、妊産婦死亡率はこの水準からなかなか下がらないのが現状である。
 千葉大学大学院教授の生水真紀夫氏は、「千葉県内でも、年間約5万件の分娩に対して3~5人が亡くなり、全国平均を上回る状況が続いています。このままではいつまでたっても妊産婦死亡ゼロは実現できない。このような思いから今回のプロジェクト『地域さんか プロジェクトZero』を立ち上げました」と話す。

妊婦死亡数・死亡率の推移

 プロジェクトZeroの目標は大きく2つ。地域の産科医療施設に、命にかかわる重篤な妊産婦をより早く送ってもらうことと、受け入れる千葉大学医学部附属病院側がより早く治療を始め、より高度な救急医療を提供することである。「これまでに当院に敗急で運ばれてきた妊婦の症例を解析した結果、より早く送ってもらえば、より危険な難易度の高い症例も救命できることがわかったからです」と生水氏は説明する。
 妊産婦の死亡原因のなかでも、分娩時大量出血、脳出血、羊水塞栓症ほ死亡危険度がとくに高い。同プロジェクトはこれらの3疾患を対象にしており、3次敗急疾患よりもさらに命にかかわる危険度が高いことから、「3.5次救急疾患」と名付けられた。
 対象地域ほ千葉、市原、君津、木更津、山武の各医療圏。千葉大学医学部附属病院への搬送時間60分以内が目安となっている。この地域にある約30のクリニックや病院で妊産婦の大量出血などが発生した場合、同病院は無条件で受け入れる。
 「通常の救急では受け入れ可否の問い合わせが必要ですが、3.5次では不要です。決められた連絡先へ3.5次であることを告げ、輸血の必要量や到着までの時間の目安、意識の有無などを連絡したら、あとは一刻も早く憲者さんを送り出すことになっています」(生水氏)
 地域の医療施設(1次医療施設)で救急患者が発生した場合は、施設ごとに地理的条件や歴史的・人的なつながりを考慮して、2次・3次の医療施設へ搬送するシステムをもっている。地域の産科医療施設が、こうした従来のシステムによって搬送先を見つけられなかった場合、千葉県では、コーディネーターに連絡して受け入れ先を探してもらうシステムが、2007年10月から機能している(C-MATS=千葉県母体搬送システム)。早産や妊娠高血圧症など、命の危険性が比較的低い疾患などを対象に、母体も胎児も受け入れられる施設を探してくれる。
 C-MATS構築に際し、生水氏らは県内の母体搬送の現状を調べた。その結果、母体が命にかかわる状態であることがわかっていれば、受け入れを断った施設はなかった。そこで、今回のプロジェクトを利用するときに、地域の産科医療施設はまず「3.5次救急」であること、すなわち命にかかわる事態であることを連絡することになっている。C-MATSでカバーできない、母体の命の危険性がある場合を今回のプロジエクトで補完するという位置づけにもなっている。

救急医療

帝王切開まで20分以内 保険適用外の薬剤使用も

 一方、千葉大学医学部附属病院側では、「3.5次敗急」の連絡が入ったら、通常の手術をいったん休止してでも受け入れる体制を整えている。産婦人科だけでなく、救急科や麻酔科など他科も含め医師や看護師ら約10人が集まる。輸血用血液など使用する薬剤も救急時に必要量を常時保管している。
 連絡が入ってから、誰がどう動くのかというシミュレーションは「ドリル」とよばれる。生水氏は「当院での3.5次救急ほ年間10件程度とみていますが、このような“めったにない”ことを確実にこなすには、とにかくドリルを繰り返すしかありません」と話す。
 受け入れたあとの迅速な治療のため、同院では、たとえば帝王切開までの時間を短縮するため、5年ほどかけて手続きの仕方などを見直し、これまでより10分以上短縮。帝王切開が必要との判断から20分以内には、子どもをとり出し終える体制を整えた。
 さらに、大量の出血を止めるためには、薬剤の保険適用外の使い方も行っている。生水氏は「この数年間、使わなかったときに比ベて、副作用の危険性のマイナス分を差し引いても、治療成績が圧倒的によくなったと確信しています。ほかではできない、3.5次を引き受ける大学病院ならではの治療であると考えます」と訴える。

地域でも「ドリル」を繰り返してもらう

 「命にかかわる場合はすぐに3.5次敗急へ」といっても、目の前の憲者が3.5次に該当するのかどうか、送り出すまでに何をしたらよいのか。こうした地域の産科医療施設の疑間に答え、日ごろからの連携を強化するために、生水氏らは地元の産科クリニック等に対する広報活動や勉強会にも力を入れてきた。プロジェクト開始後も2カ月に1回の割合で、千葉県周産期救急医療研究会を開催し、システムの紹介や利用の仕方の周知、さらにほ超音波画像の見方や母体・新生児の蘇生法の勉強会などを行っている。
 「消防への連絡に何分、千葉大までの搬送に何分かかるかを時間帯ことに把握し、われわれといっしよにドリルを繰り返し行っていただくことをお願いしています」(生水氏)
 生水氏は、今回のプロジェクトで命にかかわるケースを当院が一手に引き受ければ、2次医療施設が早産や妊娠高血圧症などの妊産婦を受け入れやすくなる効果も期待できます」と話し、3.5次敗急疾患を受け入れる医療施設が他地域でも拡大することを期待しつつ、まず千葉でのプロジェクト成功、すなわち母体死亡ゼロを実現させることに全力を注いでいる。

3.5次救急母体搬送システムのイメージ図

へるすあっぷ21 2013.9月号より転載