メッセージ

文部科学省 博士課程リーディングプログラム
千葉大学 免疫システム調節治療学推進リーダー養成プログラム

千葉大学長 中山 俊憲

大学病院の外来で診療を待つ多くの患者であふれている光景を見る度に、かくも多くの人が病気に悩まされていることを再認識する。事実、千葉大学医学部附属病院だけでも、毎日2,000〜3,000人の外来患者が受診し、700人以上の入院患者が治療を受けている。数多くの疾患があるが、これらは大雑把に① 医療行為をしなくても安静などで自然治癒するもの、② 適切な医療行為により治癒または寛解が得られるもの、③ 現在の医療レベルでは治癒できない(機能の回復が望めない、または死に至る)ものに分けることができる。最近の医療の進歩によって多くの疾患が③のカテゴリーから②のカテゴリーに移ってきている。すなわち、新規の治療法・治療薬が開発され、「治癒する、長期に寛解を維持する、失われた機能が回復するなど、良好なQOLが得られるレベルに回復する」ようになってきた。私が教育を受けた1970〜80年代の医療とは雲泥の差である。しかし、対症療法しかない難治性の疾患が依然として数限りなくあるのも事実である。

「免疫」は、生体内の多くの血球細胞や分子がシステムとして働いており「免疫システム」と呼ばれ、病原微生物の引き起こす感染症に対する生体防御機能を担うものというとらえ方をするのが一般的である。難治性の疾患の病因を考えてみると、「免疫」が関与しているものがかなり多いことに気づく。まず思い浮かぶのはアレルギー疾患で、国民の約30%が罹患しているにも関わらず、対症療法がほとんどで有効な根治療法が強く求められている。自己免疫疾患も根治療法の開発には至っていない。また、癌は老化に伴う免疫力の低下により発症頻度が増加し、高齢化社会の進行に伴い今や国民の3人に1人の死亡原因となっており、良好なQOLの得られる低侵襲治療法の開発が急務である。更に、高齢者に多い動脈硬化による心血管疾患も免疫が関与する慢性炎症性疾患として捉えられるようになった。これらの社会的に重大な疾患は「免疫システムの調節異常」という共通の観点で捉えることができ、近年の免疫学をはじめとする基礎研究は目覚ましい成果をあげているにもかかわらず、研究の成果が有効な治療法の開発に結び付くケースは著しく少ない。その原因として、臨床医学の中で最先端の技術革新の成果を活かした検査機器や検査法の開発などで大きな成果を挙げている「診断学」という学問分野とは異なり、疾病の治療法を体系的に研究し実践する「治療学」という学問分野の研究が基礎医学と臨床医学の枠を超えてシステマティックに行われていないことや、「治療学」を推進する人材を組織的に育成する土壌がないことが挙げられる。

本博士課程教育リーディングプログラムでは、「治療学」を「疾患における治療の理論的背景を明らかにし、その知見に基づき新たな治療法を体系的に研究・実践する学問」と位置付け、千葉大学の強みを生かし、かつ社会的要請の非常に強い難治性の免疫関連疾患(アレルギー、自己免疫疾患、癌、心血管疾患など)に特化して、「免疫システムの調節」という視点からの治療薬の開発を含む「治療学」を推進するリーダーを養成する。
われこそは、と思わん者はこのプログラムで「治療学」を学び、将来の医療に貢献するリーダーにならないか。

「治療学」の新しいリーダー養成

プログラム責任者 医学薬学府長 斎藤哲一郎

千葉大学は、世界で初めて食道がんの手術法を開発した中山恒明博士や胃のX線二重造影法を生み出した白壁彦夫博士、川崎病を発見した川崎富作博士、免疫学を大きく発展させた多田富雄博士をはじめ、世界の医学・医療を牽引した多くの優れた人材を輩出してきました。この伝統を引き継ぎ、グローバルに活躍できるリーダーを養成し続けることを目的として、本リーディングプログラムが平成24年度からスタートしています。

ライフサイエンスの急速な進歩の中、日々新しい発見が報告されていますが、実際の治療に応用されるまでには多くの年月がかかります。米国の大学などでは研究室の垣根が低く情報交換や機器の相互利用が盛んですが、日本では基礎医学と臨床医学の連携が緊密でないことも多く、医薬品や医療機器の輸入超過が年に2兆円を超える一因となっています。

千葉大学大学院医学研究院は、平成24年にグランドデザイン将来構想を掲げ「治療学」の創生と研究推進を最重点項目に設定しました。医学部の旧態依然とした枠組みである基礎医学講座と臨床医学講座の概念を取り払い、基礎系と臨床系が融合した新しい教育と研究、診療の体制に再編し、基礎研究の「シーズ開発」から臨床研究へシームレスに移行できるようにしました。大学院教育では、薬学研究院とともに日本初の医学・薬学融合型大学院である医学薬学府を中心に、理化学研究所や量子科学技術研究開発機構などの多くの研究機関と連携し、領域横断的な教育と若手研究者の育成を推進しています。

本プログラムには国内外の産学官から50名を超える教員が担当教員として参画し、きめ細かな指導を行っています。基礎研究から臨床実践までを俯瞰して学ぶローテーション演習や国内外の企業・研究機関での研修、学生が企画しノーベル賞やプリツカー賞の受賞者を含む幅広い分野の方から学ぶ「高い教養を涵養する特論」などの新しい教育カリキュラムを組織しており、リーダーに必要な多角的視点や統率力などの様々な能力を養うとともに、免疫システムを中心に一流の研究力を育み、博士課程修了とともに世界の第一線で活躍できる人材を育成します。

これまでの4年間で50名の学生が500名を超える医学薬学府の博士課程先端医学薬学専攻の入学生から選抜され、本プログラムを履修しています。7名が海外からの留学生、3割以上の学生は医学部以外の出身です。学生は、毎年、研修先の国内外企業や研究機関からも高い評価を受けています。2020年代には、文字通りのリーダーとして様々な分野で活躍していることを確信しています。

未来の免疫システム調節治療学推進リーダーへ

プログラムコーディネーター 本橋新一郎

2019年末より始まった新型コロナウイルス感染症の世界的流行に対して、免疫システムに関して積み上げられた知見とワクチン作成に関する最先端の科学技術を基盤に、全世界でワクチン開発が推し進められました。これは、社会からの要請に応える形で実現した、今までの常識では考えられない異例のスピードでのワクチン開発でした。現在までに、臨床現場から新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種の有効性が続々と報告されています。

この感染症は研究や医療の現場だけではなく、我々の意識にまで変革を起こしました。緊急時にこそ発揮されるべきリーダーシップの資質、異分野専門家や世論との対話に必要とされるコミュニケーション力、基礎研究と臨床現場をつなぐ橋渡し研究の意義、安全性を確保しつつ迅速に研究成果を社会実装することの重要性が全世界で再確認されました。奇しくも、難治性の免疫関連疾患の新しい治療薬・治療法開発を推進するグローバルリーダーの養成を目指す本プログラムは、2012年の開始当時よりこうした能力を醸成するための独自の教育カリキュラムを提供してまいりました。

分野が異なる3名の指導教員が提供するきめ細やかな指導により、自身の研究を様々な角度から見つめ直すトリプル指導制。海外の一流大学・研究機関に所属する70名近くの客員教員の先生方を講師に招き、最先端の研究技術を学ぶリーディングセミナー。基礎から臨床までの研究室の研究内容・技術を学ぶため、各研究室で数日間にわたり学ぶローテーション演習。学生本人が企画し、ホスト機関との交渉を行う自主研修。これらを通じ、免疫システムを中心とした治療学の知識・技術のみならずリーダーに要求される能力を養い、大学・行政・民間など様々なセクションでグローバルに活躍できる人材を育成しています。

これまでに75名の学生が本プログラムを履修しており、すでに第5期生までの50名の学生がプログラムを修了し、産官学の各分野で活躍しています。そのうち約1/3の学生は、NIHやUniversity College Londonを始めとする海外の大学・研究所において、研究者として更なる研鑽を積んでいます。学生の皆さんには、本プログラムで治療学推進リーダーに必要な多角的視点や統率力などの様々な能力を学び、試行錯誤を繰り返しながら新たな知、新たな医療を生み出す礎を築いてほしいと思います。まずは本プログラムで失敗に失敗を重ね、粘り強く成功するまで続けてみてください。その先にきっと新たな真実が待っています。近い将来、それぞれの場所のグローバルリーダーとして、世界にそのプレゼンスを示す君達と再会できることを期待しています。