教室紹介

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留学だより

(学生編)上田聖、中西恵

ブラジル南部巡回診療プログラム

千葉大学医学部医学科5年

この度、私たちは2週間の短い間でしたがブラジル南部巡回診療プログラムに参加させていただきました。本プログラムは、森口エミリオ秀幸先生(ブラジル連邦共和国リオグランデ・ド・スル州連邦大学内科学教授)を中心に、満足にポルトガル語を話せず、十分な診察を受けられない日系移住者の方々を診療することを目的としています。本実習では検診バスで8 ヶ所の異なる地域・約2000kmを巡回し、160 人ほどの日系永住者の方々の健診に携わりました。

健診を通して感じましたが、ブラジルの食生のためか、生活習慣病の罹患者が多く、また一部で心電図で虚血性変化を認める方も見られ、医療アクセスの制限された地域における一次・二次予防の重要性を痛感いたしました。その一方で、日系永住者の方々同士の交流は盛んであり、互いに支えながら生活されている姿はとても印象的でした。今回訪問したどの地域でも一年に一度の巡回診療を心待ちにされており、手厚く歓迎していただいたと同時に様々なお話をお聞きした経験はいまでも強く心に残っています。

日本から遠く離れた国でしたが、機会があればぜひまた参加したいと思えるほどかけがえのない経験ができました。

北本 匠

平成20年卒、アメリカ コロンビア大学

 2008年卒の北本匠と申します。 2017年4月より米国コロンビア大学に研究留学に来ております。ここに至るまで、学内外問わず大変多くの先生方にお世話になり、その感謝を感じる日々です。私の留学はまだ道半ばではありますが、若い先生方のキャリアデザインの参考になれば幸いです。1回の投稿では、すべてを伝えきれないので、3回に分けて投稿したいと思います。

 「留学をすることで、自分の全てが試される。」 留学前に私のメンターである横手先生から頂いた言葉です。期待と不安に満ちていた渡米直後から多くの経験を経て、この言葉の意味を体感しています。

 私の所属先であるAccili Labには常に、9つのベンチに一人ずつポスドクが座っています。概ね3-4年のサイクルで、誰かがPIとして独立あるいは企業に就職すると、空いたベンチに次のポスドクが来ます。他にlab tech、secretaryが2名ずつ在籍し、ポスドクの実験や書類仕事を手伝ってくれます。概ね9amにラボに来て、6pmには帰宅するという生活を送る方が多く、週に1度のラボの全体ミーティングに加え、ボスと個人的にディスカッションを行う時間が設けられています。
 Mimmo先生 (Accili教授を皆そう呼んでいます)は偉大な業績を築かれてこられたいわゆるBig guyですが、とても懐の深い素敵なお人柄で、ラボの雰囲気を何よりも大切にされています。そのため、皆が優秀であるだけでなく、明るく、仲間同士で助け合おうとする空気が常に流れており、私自身もこうした関係性に幾度となく救われてきました。
 Mimmo先生は私達の提案に決してNoと言わず、私達のアイデアに対して常にいくつかの疑問を投げかけます。その疑問はアイデアの新規性やデザインの問題点を再考するきっかけとなり、アイデアの修正や次の実験計画に繋がります。このような、相互的な関係性の中で自身のアイデアを最大限に試される環境は、自分自身で研究を進める上で極めて重要であり、このラボが歴代大きな発見を続けてきた理由の一つでもあると思います。ラボの運営という意味でも大切なことを学ばせて頂いています。

次回は、「アメリカでの私生活について」をお届けします。

アメリカでの私生活について

留学便り2回目の今回は、「アメリカでの私生活について」をお届けします。

 仕事では日本人同士の会話はありませんが、私生活では日本人同士のコミュニティがあることも大変重要です。実際ポスドクの家族同士での繋がりには幾度も助けられてきました。また、2018年1月よりマンハッタン内の日本人理系サイエンス勉強会 (JASS: https://jass-newyork.webnode.com/)の代表幹事となり、日本人研究者との交流を行っています。NYは各分野の専門家のレベルが極めて高く、非専門家へのプレゼンテーションも明快です。これまで物理、化学、医学生物学、天文学、経済学、機械学習・人工知能など多岐に渡るテーマの御講演を頂きました。参加者のレベルも高く、私も糖尿病分野のプレゼンをしましたが、会場からは医療者とは異なる視点での鋭い質問をたくさん頂き、大変勉強になりました。 この他にも日本人医師として、健康活動のための講演会やフリーペーパーへの記事の寄稿、ラジオへの出演などの機会もありました。NYにおける日本人同士の繋がりからも非常に良い刺激を頂いています。

 留学直前に結婚し、妻と二人での渡米でしたが、それを決意してくれた妻にはとても感謝をしています。渡米直後の大変な時期をなんとか乗り越えられたのは彼女のおかげです。私の都合で医師としてのキャリアを止めてしまったことを申し訳なく思っていましたが、ヨガや料理などこちらでの生活を存分に楽しみながら、コロンビア大学の修士課程に入学し、夢を叶えようと努力している姿をみて、大変嬉しく頼もしく思っています。また、渡米1年半後に娘が生まれ、3人家族となりました。大変なことも多いですが、ラボメンバーをはじめたくさんの方々に祝福していただき、幸せな時間に恵まれています。現在9人のポスドクのうち、5名が子育てをしながら研究をして成果を挙げており、フレキシブルな働き方を許容する豊かな環境も実感しています。

次回最後は、「私が尊敬する上司たち」についてお届けします。

私が尊敬する上司たち

留学便り最後の3回目は、「私が尊敬する上司たち」をお届けします。

 留学する意義というのは人それぞれだと思います。私の場合は、目の前の患者さんから決して逃げないPhysicianになるために自分のキャリアを選択してきました。5年間臨床医として働く中で、誰にもわからない病態を呈する患者さんに出会う機会が増えました。当時千葉大学の内分泌学教室の講師であった田中知明先生 (現 千葉大学分子病態解析学教授)がお話されていた、細胞・遺伝子レベルで患者さんを診ることができるように、という言葉が印象に残り、基礎研究の手法に興味を持ち始めました。横浜労災病院の西川哲男先生、大村昌夫先生からは多くの臨床データを如何にまとめ表現するかを御指導頂き、その発想の背景に基礎研究のご経験があることを肌で感じる機会に恵まれました。その後の4年間に大学院に入り、竹本稔先生、三木隆司教授の元で基礎研究の手ほどきを受けました。こうした経験を経て、自身の診療経験から着想する診断・治療に役立つ現象を臨床研究により明らかにし、未知の病態を基礎研究により解明することが出来るPhysician Scientistになることが私の目標となり、医師という立場で、常に臨床への応用と還元を最終目標として糖尿病研究をされているAccili教授の元へ留学を希望しました。

 渡米前のような忙しく職務に追われる日々とは異なり、制限がなく、あらゆる面で恵まれた研究環境ですが、こうした環境下では全ての選択が自分次第であり、結果は全て自分の責任です。どんな言葉を用いても言い訳にはなりません。研究活動、家族との時間、人間関係、アウトリーチなど、何にどのくらい時間をかけるかを選択し、納得して進めていくには、自分自身が何に幸せを感じるのか知り、本当にやりたいことは何かという当たり前の疑問に答える必要があります。渡米してからというもの、こういった根本的な質問に対し、私の中に曖昧な部分がいくつもあることに気付かされることが多く、それが今までにない苦悩を招きました。研究では自身の力不足を痛感することも多く、それも追い打ちとなって、今までにない苦しい時間でした。現在は、こちらでの様々な出会いと常に隣で支えてくれている家族のお陰で、少しずつ答えが見つかりはじめており、それに伴い研究も前に進み、1つ目のプロジェクトがまとまりつつありますが、あの苦しかった時間も財産であると感じております。

 この留学が叶ったのは幾つもの幸運が重なったからでした。まず留学助成を頂いている日本学術振興会と、来年から助成を頂く上原生命科学記念財団に感謝を申し上げます。また、Accili教授の元への留学の扉を開いて頂いた、群馬大学北村忠弘教授、神戸大学清野進教授に心より感謝を申し上げます。そして、今も変わらず臨床研究の御指導を頂いている横浜労災病院名誉院長の西川哲男先生、医学部卒業後一貫して、医師としてのキャリア形成に様々なアドバイスを頂いた横手幸太郎教授にこの場をお借りして感謝を申し上げます。

 いずれ日本で後進の育成と日本の医療、生命科学に少しでも貢献できるよう、引き続き学びたいと思います。長文を御高覧頂き、ありがとうございました。


J.O.

平成9年卒、バンダービルド大学
Department of Molecular Physiology & Biophysics, Vanderbilt University Medical Center

 平成9年旧第二内科入局のJOと申します。私は平成17年に大学院を修了し、平成19年4月より米国南部のテネシー州ナッシュビルにあるバンダービルト大学(Vanderbilt University)で研究を行っています。

 米国西海岸や東海岸と違い、日本人にとって南部の州はあまり馴染みのない地域だと思います。私もここに来る前は地図を見てもどこにあるのかはわかりませんでした。テネシー州は米国南東部内陸にあり、周囲を8州に囲まれた東西に長く広がる州です。ナッシュビルはテネシー州のほぼ真ん中に位置する州都で、州内ではメンフィスに次ぐ人口第二の都市です。東京とほぼ同じ緯度にあり、一年の気候も似通っていますが、春は新緑が美しく、長い夏の後に秋には紅葉が見られ、冬には数回雪が降ります。街中が自然に恵まれ、大学キャンパスや公園ではもちろん、アパート敷地内にも頻繁にリスが遊びに来ます。夏には蛍も見られ、車で30分も走れば放牧された牛や馬を見ることもできます。ゴルフ場やアパート近くの森では野生のシカやウサギが散歩している姿も見られます。またナッシュビルはカントリーミュージックの都とされ、ホリプロなどの音楽産業、カントリーミュージックにまつわる殿堂博物館やラジオ番組などがあり、別名「Music City」とも呼ばれています(写真)。他にプロフットボール・アイスホッケーチームの本拠地でもあり、それぞれの試合シーズンは大勢の人が観戦に行きます。ここ数年間で北米日産本社がロサンゼルスからナッシュビル近郊に移転したり、駐米日本国総領事館がニューオリンズからナッシュビルに移転したりと日本人にとっても以前より住みやすい環境になってきているのだと思います。治安についても、特に問題なく生活していますが、ある道路を隔てるとあまり治安が良くないなどあり、これは米国どこでもあることだと思います。大都市と違い規模は小さいですが、日本食材店や日本食レストランもあります。ある友人が寿司職人として働いていた日本食レストランには頻繁にナッシュビル在住のニコールキッドマンが御主人とディナーに来ていたそうです。

 現在留学しているバンダービルト大学は芸術科学、音楽、神学、工学、法学、医学、看護学、経営学、教育学、そして大学院の計10の主要専門教育領域を有する1873年創立の総合私立大学で、ノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア元副大統領も卒業生のひとりです。カレッジスポーツも盛んで、あまり強くはありませんが毎年9月から始まるフットボールはとても人気があります。大学付属の公共政策研究所には日米研究協力センターが併設されており、月一回の集会では日本企業や官公庁などからの日本人留学生の方も集まります。
 私の所属するMedical Center内のMolecular Physiology & Biophysicsは糖尿病、肥満、神経科学、内分泌、遺伝学などさまざまな領域の研究者が混在しています。お互いの研究分野を補足するような共同研究も多く、私もほかの研究室に実験方法を教わりに行ったり、逆に教えたりしたこともあり、お互いの風通しは良いほうだと思います。また多くの研究セミナーが毎日のように開催されており、米国内だけでなく世界からの招待講演を聴くことができます。
 現在のラボはprofessor、research assistant professor、大学院生3人、テクニシャン、ポスドクの計7名で構成されており、ある糖代謝酵素とそのホモログの転写調節について研究を行っています。こちらに来て感じた日本との違いの一つは研究環境です。研究室は2007年に新しいビルの8Fに引っ越し、窓からの景色はとても見晴らしがよく、各自に与えられたデスクも広く、とても恵まれていると思います。また「アメリカ人は働かない」と聞いたこともありましたが、実際は朝早く出勤し仕事をしてから夕方は早めに帰宅し、家族との時間を大切にしています。朝早く出勤すると交通渋滞も少ないですし、午前中に余裕を持って仕事をこなせるので、自分もほかのメンバーと仕事を合せる都合上、かなり朝早く出勤するようになりました。
 研究室ではおよそ週一回ラボミーティングがあり、結果を持ち回りに発表していきますが、私にとっては毎回のように英語との格闘です。自分が発する英語をよくぞ聞きとってくれているといった感じです。研究以外ではボスやラボメンバーの家でパーティーをしたり、洞穴探検、カヌー、ハイキング、あるいは研究室対抗リレーへ参加するなど仕事以外でもまとまりのある研究室です。

 ナッシュビルはアメリカの他の大都市に比べると、エキサイティングなものは多くなく、知名度もそれほどありません。しかし家族での生活にはこのような自然に恵まれ、ゆっくりとした雰囲気が以外と良いのではとも感じており、都会とは違った本当の意味でのアメリカ生活を体験できているような気がします。


前澤 善朗

平成10年卒、カナダトロント大学

 平成10年卒の前澤と申します。平成19年秋よりトロントで研究生活をしています。
 トロントはカナダのなかでは最南部に位置しますが、それでも北海道と同じくらいの気候といわれており、冬は寒い時は-20度程度になります。それでも屋内は全館暖房でとても暖かいですし、地下道が整備されていて外に出ることなく町のそこここに行けるようになっており、厳しい冬を何とかしのげるように工夫されています。
 カナダは国策として多民族主義をとっており、最大の都市トロントでは市民の多く(半数以上といわれています)が移民で、地域によって中華街、イタリア人街、ギリシャ人街、韓国街などおもしろいコミュニティーを作っています。これだけ多くの移民を受け入れながら、各コミュニティーが何とか共存し、大きな問題なくやっていけているというのは驚きでもあります。カナダ人は多様性に慣れ親しんでいるせいか、寛大でのんびりした感じの人が多いようです。
 私のいるラボも多国籍で、ロシア、トルコ、中国、スウェーデン、ドイツ、イギリスなどから人が来ています。当ラボは腎臓の発生および疾患のメカニズムを、細胞種特異的なノックアウトマウスを作製することで解明する、ということを得意としております。これまでに腎ポドサイト特異的なVEGF、VHLなどのノックアウトマウスを作製し、その役割を解明してきました。現在はVEGFリセプター、angiopoietinファミリー、HIF、インスリンリセプターなどいろいろな因子について、その腎臓における役割を解明すべくプロジェクトが進行しています。私は腎臓の発生にかかわる転写因子Pod1の機能について、ポドサイト特異的、メサンギウム特異的なノックアウトマウスを作製中です。

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石川 耕

平成10年卒、英国ケンブリッジ大学

 私は現在イギリスのケンブリッジ大学に研究留学しており、Metabolic Research Laboratories、Institute of Metabolic ScienceのProfessor Antonio Vidal-Puig研究室に所属しています。研究室はLipotoxicityを大きなテーマにしており、私はメタボリックシンドロームと炎症について研究しています。研究室には6名のポスドクと2名のPhDの学生、2名のマスターの学生がいます。ボスがスペイン人のためなのか、各国から当研究室に集まっています。スペイン、フランス、スイス、メキシコ、マレーシア、ドイツ、香港、インドそしてイギリスです。他に短期間に研究にくる研究者や学生が入れ替わり立ち替わりやって来ます。研究室には日本人は私一人です。 研究所にはもう一人日本人はいるのですが別の建物なので、月に1度くらい会うと挨拶をして 久しぶりに日本語を交わす状態です。
 ケンブリッジはロンドンの北東に位置しており、電車で1時間前後かかります。小さい街ですが大学都市なので各国から多くの学生が集まって来ています。街の中心には大学をはじめとして歴史のある建物がたくさん建っています。街中に自転車がたくさん走っていて、少しくらいの雨ならば皆平気で走っています。私も自転車通勤していますが、だんだんつらくなってきました(笑)。レストランの食事は値段が高い割にはあまりおいしくありません。ロンドンには日本食をはじめおいしいレストランがありますが、さらに高価です。チョコレートやケーキはとても甘くて最初はびっくりしましたが慣れてきました。果物は日本の方が甘くて上品ですね。イギリスの小さいリンゴを丸ごとかぶりつくとおいしいです。
 イギリス海峡を結ぶユーロスターと格安航空券が発達しているためにヨーロッパ各地に1、2時間で着くことができます。私は先日ベルギー、フランス、オランダに行って楽しんできました。
家族と一緒に渡英しましたが、イギリスでは5歳から小学校なので息子も公立の小学校に通っています。小学校で日本人家族は私たちだけです。息子が時々イギリスの文化を教えてくれたり、正確な発音をしてびっくりします。オオカミのことを「ウルフ」と言っていたら、先生は “wolf”と発音していたよと教えて(直して?)くれました。指で数をかぞえるときも日本と違うようです。
 英語はなかなか上手くなりませんが、この生活を楽しんでいこうと思います。
この分野は世界的に見て、基礎的にも臨床的にもとても注目されていて人材を必要としています。興味が少しでもあれば、ぜひ一緒に働きましょう。

(2012年4月より現職)


越坂 理也

平成14年卒、米国デューク大学

 アメリカ東部のノースカロライナ州ダーラムにあるDuke大学のDuke Clinical Research Institute (DCRI)に留学し、臨床研究に取り組んでいる越坂です。海外に研究留学する日本の医師の多くは、基礎研究に従事されており、私の様に臨床研究に携わるのは希なケースかと思います。私が臨床研究に対して興味を持つきっかけとなった2つの出来事があります。初めて臨床研究に関わったのは、研修医1年目の時でした。肺高血圧症の入院患者さんを担当した際に他の薬剤が効かなかったため、血管拡張作用のある持続静注型の治験薬を用いました。薬剤静注用カテーテルから持続ポンプでの注入を行っていましたが、常温では8時間で失活するため、研修医3名で交代して8時間毎に薬剤交換を行なっていました。幸いにも、この治療が奏効し数年後、私が大学に帰局した際に元気にされていることを耳にし、大変嬉しく思いました。臨床研究の必要性を実感した出来事でありました。また外来診療の中でドラッグ・ラグを目の当たりにした出来事があります。(ドラッグ・ラグと言うのは、海外で使用されている薬が未承認のため本邦において同時期に使用できないことを指します。日本が国際共同試験に参加し難いことが一因となっています。)それは持効型インスリンが承認される前のことです。アメリカから訪れていた1型糖尿病患者さんが私の外来を受診され、「アメリカから持参した持効型インスリンが切れてしまったため、処方して欲しい」と言われました。しかし残念ながら当時、日本では持効型は承認されていませんでしたので、やむなく中間型インスリンを処方しました。その時まで日本の医療は最先端であると考えていたのですが、実はそうではないということを認識させられました。臨床を通じて経験したこうした出来事が、臨床研究に携わりたいという気持ちにさせ、私を臨床研究の本場に赴かせました。

 ノースカロライナ州は、日本ではあまり馴染みのない州かもしれませんが、東側のアウターバンクスにはライト兄弟が飛行実験を行ったキティーホークがあり、またノースカロライナはベーブルースが初めてホームランを打った場所であり、ペプシコーラとクリスピークリーム・ドーナツの発祥地でもあります。そのためかクリスピークリーム・ドーナツを1ダース食べて5マイル走る風変わりなレースも毎年開催されています。ダーラムという都市は、更に馴染みがないと思いますが、ここには昨年引退した松井秀喜選手がメジャーに昇格する前に所属していたダーラム・ブルズという3Aの野球チームがあります。同じくマイナーで調整していた松坂大輔投手との対戦があり、その日は多くの日本人が観戦に訪れ、大変盛り上がりました。いよいよ大学の紹介です。Dukeと言ってもゴルゴ13とは全くの無関係ですが、Duke大学は昨年受賞したDr. Robert Lefkowitzをはじめ多くのノーベル賞受賞者を輩出しています。またカレッジ・バスケットボールの強豪校として有名であり、男子バスケットボール部監督のコーチKはオリンピック・アメリカ代表チームの監督でもあります。隣町のChapel HillにあるUNCはマイケル・ジョーダンの母校であり、ここもまた強豪校であるため、両校の対戦は日本の早慶戦のように盛り上がります。

 私の所属するDCRIは、循環器分野を中心に数多くの国際共同試験を実施し、多くのエビデンスを構築しています。DCRIには、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、韓国、オランダなど多くの国々からの留学生がリサーチ・フェローとして来ており、国際色豊かです。フェローの約半数は、循環器科が専門ですが、消化器科領域、小児科領域での研究も活発です。

 守秘義務の関係上あまり詳しく書くことは出来ませんが、私がDCRIで主に行っていることは、1)ある糖尿病治療薬に関する多施設共同ランダム試験の研究グループに計画段階から加わり、プロトコールの作成を行い、eCRF (electronic Case Report Form)の設計に関与しています。毎週のグループミーティングやメールでのやり取りを行い、試験の中で生じた問題の解決を図っています。2)DCRIが持つ数多くの臨床試験のデータベースを活用させて頂き、糖尿病関連のサブ解析やプール解析を生物統計家の協力のもと行ない、論文を執筆しています。3)国際共同試験のプロジェクトにも参加しており、国際共同試験において各国の診断基準に若干差異があるため、そこではプロトコールの基準に従ったエンドポイントの評価を行なっています。

 こうした研究の間に、Duke Clinical Research Training Program (CRTP) (http://crtp.mc.duke.edu/modules/flash_articles/)を受講しています。臨床研究に精通した人材を育成するために、Duke大学には臨床研究に関する必要な知識を学ぶことが出来る本プログラムが1983年より開設されており、このプログラムでは臨床研究デザインの設計、研究管理および統計解析などの講座が提供されています。指導に当たるのは、臨床研究に詳しく、多くの経験を持ち、第一線で活躍している医師や生物統計家の方々です。DCRIに所属するリサーチ・フェローをはじめ、医学部生やクリニカル・リサーチ・アシスタント、医師、歯科医師、生物統計家など50名近くが受講しています。受講者の医師のバックグラウンドも、麻酔科、循環器内科、皮膚科、内分泌代謝科、消化器科、総合医、老年科、血液内科、感染症内科、腫瘍内科、腎臓内科、神経内科、呼吸器内科、膠原病内科、産婦人科、眼科、小児科、精神科、放射線科、外科と多彩であり、約半数が留学生です。Duke大学からのみならず、National Institutes of Health (NIH)からも10名近くが生中継で参加しています。またDuke大学と提携しているBrazil Clinical Research Institute (BCRI)からも数名がインターネット経由で参加しています。これまでに14カ国からの出身者を受け入れているとのことです。

私は、Principles of Clinical ResearchとIntroduction to Statistical Methods、Research Managementの講座を履修しました。プログラムのWeb上で、次回までの参考文献や課題が提出され、予習として毎回これをこなさなければなりません。通常の講義に加え、4、5名でのグループワークも行われました。一つのセメスターの間に、requests for proposal (試験提案書)を含めたグループでのレポートの提出と2回のプレゼンテーションを行いました。最初のグループワークは、観察研究を計画するというもので、我々のグループには歯科医師もいたので、その方の提案で、”Does poor oral hygiene in long-term care dementia residents account for behavioral disturbance?”「長期入所施設における認知症患者の口腔内衛生と行動障害」に関する発表を行いました。ケースコントロール、クロスセクショナル、コホート研究のうちどれを選択するか、試験の対象とする施設の選定、用いるデータ、アウトカムを評価する方法、考えられる交絡因子やバイアスなどに関して、発表までにミーティングを重ね、メールや電話、Skypeによるやり取りを行い、試験提案書をまとめて提出しました。介入研究を計画するプレゼンテーションが、最終試験として行われ、我々が設定したテーマは、“Does motivational interviewing improve trust between the patient and the physician and improve adherence to the ARV regimen in African American patients with HIV/AIDS?”「HIVに罹患したアフリカ系アメリカ人患者の医師に対する信頼と服薬アドヒアランス」という多民族国家であり、国民皆保険を持たないアメリカならではの問題でした。HIVの抗レトロウイルス薬は、この10数年の間に飛躍的に進歩を遂げ、継続内服によりAIDSの発症を抑えることが可能になっています。しかし様々な理由により全米の人口の12%であるアフリカ系アメリカ人が、全米のHIV患者の約50%を占めているという人種格差を問題とし、motivational interviewingによる介入によりHIV罹患患者の医療提供者への信頼と服薬アドヒアランスを高め、その解決を図るという内容でした。グループメンバーの協力により、どちらの発表、試験提案書ともで高い評価を頂くことが出来ました。またグループメンバーと意見交換をしながら話を詰めて行くのは良い経験となりました。CRTPの指導教官曰く、「臨床研究はグループで行われるものであるため、グループワークの形を取り入れている」とのことでした。実際、こちらで私が行っている臨床研究でも、医師、プロジェクトリーダー、リサーチ・アシスタント、生物統計家、データマネージャーなどの人々とミーティングを行い、メールや電話で連絡を取り合って進めており、チームワークとコミュニュケーションの重要さを認識させられます。慣習の違いによるものでしょうが、日本との差異として、グループワークに限らず、講義でも多くの時間が質疑応答に当てられており、一方通行ではなく、相互通行の形が重んじています。

 Introduction to Statistical Methodsの講義は、生物統計家の指導教官によって進められ、データセットの取り扱い方から始まり、仮説の設定、記述統計、正規分布、中心極限定理、確率、信頼区間、連続変数、χ検定、ANOVA、ノンパラメトリック検定、相関分析、重回帰分析をカバーしました。先生方の話はわかりやすく、これまで知らなかった生物統計解析上のピットホールなども理解することが出来、有意義なものでした。この講座では演習も行われ、統計ソフト’R’を用いて、実際の論文で用いられたデータセットを使った解析を行いました。この講座の試験は、1週間以内に答案を作成し、インターネットで提出するという、アメリカでは一般的とされるTake-Home Examination形式のものでした。試験の内容は、多肢選択方式のものと記述式のものの他に、メインの設問として、データセットが与えられ、統計ソフトを用いて解析して、目的、方法、結果、結論からなる抄録の形に体裁を整えて回答を作成するという実践的なものがありました。試験で与えられたデータセットは、「補助的栄養支援プログラム (food stamp)受給資格のある受給者、非受給者の間の体重に関する解析」や「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)と診断された退役軍人の重症度と入院率」に関する内容のものでした。回答は単に統計的に有意か否かを答えるのではなく、臨床的にどういった意味があるのかということを結論として答えることが求められ、教育的示唆に富むものでした。このプログラムにはITの専門家が配属されており、Web経由で録画された講義を観ることが出来ます。

 研究や講義ばかりではなく、リサーチ・フェローの友人達と共に多国籍のサッカーチームを結成し、毎週のリーグ戦を戦っています。また辺りにはゴルフ場が数多く存在し、料金も安く、30ドル程度でラウンドできるため、時々プレーを楽しんでいます。

 違った角度からの考え方や多様な価値観などに触れることができ、大変有意義な日々を過ごしております。留学を可能にして下さり、御協力下さっている皆様に心より深く感謝申し上げます。