ウェルナー症候群

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ウエルナー症候群の病態把握と治療指針作成を目的とした全国研究 平成21年度の成果

研究要旨

代表的な遺伝的早老症として知られるウェルナー症候群(WS)は、海外に比べ日本人に発症頻度が高いとされる。我が国では、昭和59年に厚生省の尾形悦郎班による実態調査が行われ、診断の手引きが作成されたが、社会的認知度が低く、内容的にもその後の研究の進歩が反映されていない。そこで、診断基準の改訂と治療指針作成を行うべく、日本におけるWS患者の実情把握調査を企画した。アンケート形式で全国200床以上の病院を対象に調査を行った所、6921通のアンケート調査に対して、3164通(45.7%)の回答を得た。その結果、遺伝的にWSと確定し現在通院中の患者124名(男性62名、女性82名)、疑い症例45名(男性23名、女性22名)、過去に通院していたWS確定例167例(男性112、女性79 一部に重複あり)の計336名のWS患者の存在を今回新たに把握することができた。この成果に基づき、今後、詳細な臨床所見の収集(二次調査)とその分析を行うことによりWSの包括的な診療指針を作成し、国内外へと広く情報を発信できることが期待される。

研究方法

研究結果

6921通のアンケートを全国へ発送し、3164通(45.7%)の回答を得た。その結果、遺伝的にWSと確定し現在通院中の患者124名(男性62名、女性82名)、疑い症例45名(男性23名、女性22名)、過去に通院していたWS確定例167例(男性112、女性79 一部に重複あり)の計336名のWS患者の存在を今回新たに把握することができた。また郵送アンケートとは別に、学会誌やウェブサイトの閲覧者から5名の患者情報を得た。報告書作成中の現在も、問い合わせや患者情報が相次いでおり、社会的インパクトの大きさが伺われる。アンケート回収率および判明患者数は、いずれも前回調査(昭和59年尾形班)の42.4%、181名を上回った。回答を得た病院所在地をもとに、都道府県別のWS患者数を人口10万人当たりでみると、長崎県が最も多く(0.76)、次いで徳島(0.63)、長野(0.55)、秋田(0.54)、宮崎(0.53)の順であった。一方、鳥取、島根からは患者の報告がなく、患者数に地域差を認めた。前回調査では、石川、熊本、群馬、徳島、長野の順に多く、徳島、長野では2度の調査に共通して患者の多いことが分かる。診療科別患者数では皮膚科が最も多く(32.1%)、次いで整形外科(16.7%)、形成外科(14.6%)、内科(11.9%)、眼科(10.1%)であった。この結果より、WS患者の多くは皮膚の硬化や潰瘍を契機に医療機関を受診し、診断に至っているものと推察された。

考察

今年度の研究において、全国の医療機関から3164通のアンケート回答があり、336症例の新たな患者報告を得ることのできた背景には、老化の本質に関わると予想される本疾患への関心と、有効な治療法確立への期待が社会的に大きいものと強く感じている。
WSは常染色体劣性の代表的遺伝的早老症である。1997年のMatsumotoらの報告では、これまで全世界で1,300名程度のWS患者が報告され、そのうち800名以上が日本人とわが国で特に頻度の高い疾患である。現在、日本の患者数は約2,000名と推定されるが、その多くは見過ごされていると考えられ、なお多くの患者が、難治性皮膚潰瘍に伴なう下肢切断、全身の悪性腫瘍、高頻度に合併するメタボリックシンドローム様病態のため、日々、生命の危機あるいは死を免れても重篤な後遺症に直面している。WSのこれまでの臨床的経験、知識の積み重ねに加えて、最新の医療技術に基づいた診断基準や治療ガイドラインを作成することは、全世界のおよそ3分の2のWS患者を抱える我が国の学術的、国際的、社会的な義務である。これまでも、我が国の医師、研究者は個人レベルの努力によって、本疾患に合併する糖尿病や高脂血症、軟部組織石灰化などに対して有効な薬剤や治療法が開発、報告され、国際社会において貢献してきている。さらに、少しづつではあるが本疾患の成因と直接的、間接的に関わる基礎医学的知見も集積し始めている。今こそこれらの知見を集約し、重点的かつ効率的に研究を推進、日本人に有病率の多いWSの進行阻止、機能回復、再生を目指した画期的な診断・治療法を開発、広く日本国内および海外へと情報を発信し、患者の福音となすべきである。

次年度に向けた今後の展望

短期目標

本研究の目的は、我が国におけるWS患者の病態を把握し、世界初となる治療指針(ガイドライン)を作成することであり、今後3年以内にこれを達成する。すでに、本年度フィジビリティ・スタディとして実施した全国一次調査により341症例の新たな患者情報を得ることができたため、次年度に二次調査を実施し、詳細な病歴、臨床症候、検査所見の収集を行い、現在の日本におけるWS患者の病態の客観的分析を実現する。
治療指針の作成にあたっては、"診断基準の策定"および"エビデンスに基づく治療方法の提案"が必要となる。診断基準については、昭和59年に我が国で作成された 主として臨床症候に基づく「診断の手引き」を参考にする。その上で、近年、本疾患の原因遺伝子(WRN DNA helicase)が同定されたことを踏まえ、核酸や蛋白分析に基づく分子レベルでの確定診断を 新しい診断基準に取り入れる。また後述するように、WSを早期に診断し適切な治療介入を実施することによって、その生命予後を改善できることが近年相次いで報告されている。このため、一般の実地医家にも実施可能な簡便かつ特異性の高い臨床診断法を確立し、診断基準に取り入れ、広く我が国の医療関係者へ周知することが望ましい。本年度の研究から、WS患者には、アキレス腱部の特徴的な異所生石灰化(下図)が 高い特異性をもって合併することが判明しており、その特徴の解析を通じて、同部位の単純X線撮影と簡単な病歴聴取とを組み合わせることにより、早期スクリーニングに役立つ簡便な臨床診断法を今後1年以内に確立できると考えている。
これまでWS患者の治療は、症例を担当する医師の個々の経験と判断に基づき実施されてきた。このため、担当医の知識や技量によって、患者の生命予後や日常生活活動度ADLが左右されてきたことが否めない。WS患者の2大死因は動脈硬化性疾患と悪性腫瘍である。前者の誘因として、本症には、従来知られてきたインスリン抵抗性糖尿病のほか 脂質異常症、内臓脂肪蓄積、アディポサイトカイン異常など、いわゆるメタボリックシンドロームに類似した病態が合併しやすいこと、その治療にPPARγアゴニストやスタチンなどの薬剤が有効であることが、過去10年間の研究から明らかにされている。そして、これらの介入を早期から実施することにより、WS患者の寿命延長が確認されている。また悪性腫瘍についても、早期に発見できれば、非WS患者と何ら変わることなく手術治療を受け、良好な予後を得られることが示唆されている。さらに、WS患者のADL低下の主要因となる難治性皮膚潰瘍に対し、皮弁を用いた形成外科的治療技術が進歩しているが、全国的な知見の集積はこれまでなされていなかったため、本研究においてそれを実現し、その適応と方法を確立したい。このように、現在の臨床的知見を総合することにより、世界初のWSの診療指針を3年以内に完成し、医師の経験に関わらず、最善かつ最も効率のよい治療を全てのWS患者が受けられることを目指したい。

中・長期的な課題とそれを達成するための研究方針

WSの診療と研究における長期的な課題は「根治療法の確立」に尽きる。上述のように、過去20年間でWSの原因遺伝子が発見され、確定診断の手法は確立したものの、この遺伝子変異がなぜ老化や種々の代謝異常をもたらすかは明らかとなっていない。また四肢末梢の皮膚には萎縮や潰瘍が好発するものの、体幹の皮膚には異常が見られないなど 症状には部位特異性もある。長期的には、罹患遺伝子の修復や罹患細胞の置換、薬剤による機能回復などの実現を目指す。その理論的根拠となる病態の解明および治療応用の第一歩として、本研究ではWRN患者由来iPS細胞の樹立に着手している。患者由来iPS細胞の確立を通じて、老化メカニズムの解明、新規薬剤の薬効・毒性解析、細胞移植に基づく皮膚潰瘍の新しい治療法を実現できると考えている。一方、根治療法の確立に年余の期間を要することは想像に難くなく、その間にもWS患者は死亡や機能低下の危険に曝され続ける。このため、中期的には、次年度以降の詳細な全国調査を手がかりに新しい治療のターゲットを探索し、有効な治療法に結びつけていきたい。例えば本研究では、WS患者に見られる皮下異所性石灰化の原因として、Pit-1と呼ばれるNa-Pi共輸送体の過剰発現を見出し、エチドロネートという第一世代ビスフォスフォネート製剤(骨粗鬆症治療薬)が少なくとも部分的にこの石灰化の退縮と疼痛軽減をもたらすことを見出している。これらの治療法を応用することで、皮膚潰瘍の形成や四肢切断を予防し、患者のQOL(生活の質)を向上させることができるか、プロスペクティブな解析を実施し、エビデンスを得たい。
今後の発展には国際協力体制の構築も重要と考えられる。世界的には、米国ワシントン大学でWS登録組織を開設し、独自の診断基準を提案しているため、これら海外の研究者とも連携し、ユニバーサルなガイドライン作成にも貢献してゆきたい。

現在

本研究は2010年度以降も継続となっており、現在1次調査で把握することのできたWS患者の詳細調査が進行中である。

ウェルナー症候群におけるアキレス腱部の石灰化

※矢印は石灰化部位を示す

参考文献
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