病気と治療

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転移性脳腫瘍

1.転移性脳腫瘍とは?

千葉大学医学部付属病院 脳神経外科
樋口 佳則

癌の治療は、各臓器別に確実に進歩し続けています。手術では低侵襲で術後の回復が早いとされる内視鏡手術、放射線治療では病変に集中して放射線を照射し、周囲の正常組織の被ばくをできる限り減少させる定位放射線照射、化学療法では、分子標的薬の登場で治療は日進月歩です。癌治療で、問題となる病状が転移です。頭蓋外から頭蓋内に血液にのって流れてきた癌細胞が生着して大きくなる転移性脳腫瘍です。脳転移は様々な神経症状をもたらし、生活の質を低下させ、生命の危機的状況にも至る状態です。転移性脳腫瘍は、成人の頭蓋内にできる腫瘍のなかで最も頻度の高いものです。
転移巣が発見される時期は、転移巣による症状が出現してから頭部CT、MRIで発見される場合や、治療前の評価、経過観察で症状が出現する前に発見される場合があります。いずれにせよ、患者様御本人、御家族にとっては衝撃的な検査結果であることは間違いないでしょう。病状、状況に合わせた治療法を選択するため、正しい知識をもって、担当医とともに判断する必要があります。

2.転移性脳腫瘍の治療法

転移性脳腫瘍に対する治療法は、大きく分けてふたつあります。手術と放射線治療です。 これら治療は、組み合わせて行われることが多く、スタートをどの治療から始めるかという選択になります。

1)手術

脳は他の臓器と異なり、固い頭蓋骨に完全に覆われていますので、開頭術という頭蓋骨を開けて脳に到達して腫瘍を摘出します。手術による治療は、①手術に耐えられる体力があり安定している。②腫瘍は脳の表面に近い部分に存在。③重要な脳の組織(運動野、言語野など)(注1)とある程度離れていることが必要です。
手術は全身麻酔下で行われます。手術の間は痛みを感じることはありません。術後頭痛・嘔気など生じることがありますが数日で軽快します。術前後に手術で必要となる薬剤が投与されます。代表的なものは、感染を予防する抗生物質、腫瘍周囲の浮腫(むくみ)をとるためにステロイドという薬剤、また、けいれん発作を予防するために抗けいれん剤です。皮膚を切開する部分は、腫瘍が脳のどこに存在するかによって異なります。多くは毛髪で隠れるように切開線は予定されます。頭髪は、皮膚切開線に沿って一部分のみ毛髪を切りますが、大部分は残すことが可能です。術中より静脈血栓症・肺塞栓症予防のため下肢・足部を圧迫するためのストッキング、ポンピング機器が装着されます。術後、少し違和感がある方がいらっしゃいますが、大切な処置です。離床が進めば外すことが可能となります。術後、皮下に血液がたまらないようにチューブ(ドレーン)が留置されることがありますが、翌日には抜かれます。術後のCTで術後出血がないことを確認します。創傷治癒が順調であれば抜糸前に洗髪は可能です。抜糸は1週間程度で可能となります。術後、局所の再発、新しい病変の有無をMRIなどで経過観察する必要があります。

2)放射線治療

放射線治療には、大きく分けてふたつの治療法があります。ガンマナイフに代表される定位的放射線外科治療と全脳照射です。

①定位的放射線外科治療(ガンマナイフ治療の項目を参照してください)ガンマナイフに代表されるこの治療は、転移性脳腫瘍の治療に大きな変化をもたらせました。ガンマナイフ治療を例に説明します。約200個のコバルトから照射される放射線を1カ所に集中させて、転移巣に1回高線量の放射線を照射する方法です。原理は虫眼鏡で太陽の光を1点に集めて紙を焦がしたことのある方は、思い出していただくと理解しやすいと思います(図1)。治療できる腫瘍の大きさはおおよそ2.5cm程度までとされています。剃毛は不要で、頭部に局所麻酔でフレームを固定し、MRIを撮影して転移巣の位置を決定して正確に放射線を照射します。照射する放射線のエネルギー(辺縁線量)は18-22Gy(グレイ)程度です。治療に必要な時間は、転移巣の大きさ、個数により異なりますが1から2時間程度です。通常2泊3日程度の入院で治療は完了します。治療後は、治療巣の再発、周囲の脳のむくみや新しく出てきた病変をMRIで定期的に調べていきます。約3割の方で、新しい病変に対して再度治療が必要となります。
病変が小さいほど治療効果、つまり腫瘍が消失もしくは大きくならないことが期待されます。副作用として、腫瘍の周囲の脳のむくみが悪化する場合もあります。たいていはステロイド剤の投与で回復が期待できます。照射後長期間が経過した後に照射部位に放射線壊死(注2)が生じる場合があります。

②全脳照射
脳全体に放射線を照射する方法です。ガンマナイフと違い少ない放射線量(2.0-3.0 Gy)を1日1回、2から4週間程度照射します。ガンマナイフと違いフレームで頭部を固定することはなくマスクで固定します。転移数が多い場合、癌性髄膜炎など、脳の中で腫瘤を形成しないタイプの転移巣に選択されます。一部の脳転移を来しやすい癌では予防的に全脳照射を行う場合もあります。
副作用として、急性期に発生する嘔気・嘔吐、脱毛、皮膚炎などがあります。照射後長期間経過した後に生じる放射線壊死があります。

3.治療法の選択

最も効果がある治療法は?痛くない治療法は?体に負担のない治療法は?最先端の治療法は?……治療法を考えるときには、考えればきりがない問題が次々と出てきます。頻度は多くないものの副作用、合併症のない治療法はありませんので、治療に伴うリスクはある程度理解しておかなければなりません。
脳の病変の大きさ、位置、数で治療法に制限が出てきます。癌の種類により放射線の効きやすさが異なりますので、治療法の選択に影響します。転移巣が大きく症状があり、全身状態が安定している場合には手術が選択されます。しかし、多くの転移性脳腫瘍は他数個脳の中に発見されることが多いですので、ガンマナイフ治療や全脳照射が選択されることとなります。
ただし、あくまでも転移性脳腫瘍の治療法を選択する上で、ご理解していただきたいことはスタートをどの治療法にするかということです。手術を行いその後全脳照射やガンマナイフ治療を受ける方もいますし、ガンマナイフ治療のあとに全脳照射もしくはその逆もあり得ます。それぞれの治療法は、いいところ苦手なところを補いながら行うことが必要です。
転移性脳腫瘍の患者様の病状に大きく影響するものは、全身状態やもともとの癌の場所や種類です。それぞれの患者様で同じ病名とはいえ状態は全く異なります。癌に関する雑誌・書籍やインターネットの普及により治療法に関する様々な情報を得ることが可能となりました。その反面、患者様やその家族は、情報に埋もれて悩んでしまうことも多いと思います。自分の体は自分がよく知っているわけですが、客観的に状態を把握しているのはあなたのもしくはあなたの御家族を診ている主治医です。状態にあった治療法を主治医とともに選択することが大切です。

注1
運動野・言語野
手足を動かす脳の中枢(運動野)は前頭葉に、言葉を話したり効いたりして理解する部位(言語野)は右利きの場合、主に左側の大脳半球に集中しています。このように、脳の機能は特定の部分に分かれています。転移性脳腫瘍の症状が、それぞれの患者様で異なるのはこのためです。

注2
放射線壊死
放射線が正常な脳に照射されて半年から数年経過すると、正常な脳の組織が死んでしまう状態になる場合があります。これを放射線壊死といいます。放射線壊死は放射線が照射されていない部分には決して起こりませんし、照射されれば必ず生じるものでもありません。