病気と治療

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脊髄刺激療法(SCS)

脊髄刺激療法とは

千葉大学医学部付属病院 脳神経外科
診療講師 樋口 佳則

 脊髄刺激療法は,鎮痛剤や神経ブロックなどで充分な鎮痛・除痛が得られない痛みを,脊髄に微弱な電気刺激を与えることにより軽減する方法です.脊髄刺激療法が開発されてから30年以上経過しており,世界中で多くの痛みの患者さまに実施されてきました.日本では,1992年から保険適応になっています.

 脊髄には痛みをコントロールする関門があるという説に基づいて,脊髄に電気刺激を行います.そうすることで痛みが脳に伝わりにくくなり,痛みがやわらぎます.脊髄に電気刺激を行うために,ペースメーカーの応用技術で開発された機器を体内に植込みます.この治療は痛みの原因を除去するものではなく,痛みの感覚を刺激感(しびれ)に置き換えて痛みを軽減させる治療法です.

脊髄刺激療法の効果

 疼痛が軽減します.この治療がきく患者さんは50%以上の疼痛軽減を得ることができます.電気刺激によるしびれに似た感覚が感じられるようになります.症状の改善には個人差があります.

適応となる疾患

 この治療法は,痛みのタイプにより効果が大きく異なります.そのため,治療の対象となる痛みは限られています.

複合性局所性疼痛症候群(脳卒中後の肩手症候群を含む)

末梢神経損傷に伴う神経因性疼痛

その他の難治性疼痛

背髄刺激療法を行うことが難しい状態

 患者様の状態によっては、この治療法を行うことが難しい方がいます.

 抗凝固療法を受けている方(ワーファリンを服用されている方)

 ペースメーカーや除細動器の植込が行われている方

 免疫能が低下している方

治療までのステップ:試験刺激

 脊髄刺激療法が,ご自身の痛みに合っているかどうかを判断することは,非常に難しいことです.脊髄刺激療法は,ご自分の症状や痛みの種類などにより,効果が大きく異なります.背中にリードと呼ばれる導線だけを挿入して,効果を体験してから,機器を植込むかどうかを検討することが可能です.

①電極の挿入

 脊髄刺激療法が痛みに対して効果があるか確かめる目的で,実際に電極を体内に挿入し刺激を行います.電極は,痛みが上肢の場合は胸部から,下肢の場合には腰部から電極を挿入します.挿入する場所は,脊髄を覆っている硬膜という膜の外側です.すなわち脊髄を直接刺激するのではなく,硬膜越しに刺激することになります.電極挿入後,刺激装置を接続し刺激を開始します.この刺激装置は,体内に埋め込まれるものでなく試験刺激用のものです.すべての手技は局所麻酔下に行われます.

②試験刺激

 1週間程度の試験刺激で効果を実際に感じていただきます.電極を抜去し一時退院となります.退院後,患者様ご自身でよく考えていただき,満足のいく効果がえられない場合や,手術はあまりしたくない場合には手術を行うことはありません.

実際の治療:電極挿入と刺激装置埋め込み術

 試験刺激による痛みの軽減が得られ,患者様が満足いただける効果と判断された場合に,電極および刺激装置の埋め込みを行います.

①電極の埋め込み

 試験刺激の時と同様に,電極を留置します.電極は皮下に埋め込まれる準備として,穿刺した部分より外側に小切開を加えてコネクターをつけて留置されます.

②刺激装置埋め込み

 電極留置後,数日の試験刺激を行った後,刺激装置を埋め込みます.これは全身麻酔で行われます.刺激装置は,心臓ペースメーカに似た機器で重さは,機器によって多少異なりますが,Lサイズの卵くらいです.刺激装置は腹部に約7cmの皮膚切開を行って皮下に留置します.刺激装置と電極の間は,延長用リードで接続され,リードは皮下に埋め込まれます.皮膚の表面からは直接刺激装置および電極などは見えません.しかし,刺激装置は体の表面からは少し出っ張るような形で確認することができます.

刺激による効果

 脊髄に電気を流すと,痛みのある部分に重なるようにして,トントンとした心地よい刺激感が起こります.この刺激感は「マッサージのような感じ」などと表現されることがあり,この刺激感により痛みがやわらぎます.通常,脊髄刺激療法は,心地よい刺激感が重なることで痛みがやわらぐので,痛みがまったく消えてなくなるわけではありません.

脊髄刺激療法中の日常生活

本植込み後は,電気刺激を調節しご自身で痛みをコントロールします.

脊髄刺激療法と日常生活

 機器を植込むことによって家事や身の回りの世話などの日常生活に支障をきたすことはありません.手術後,2~3ヶ月程度で術後状態が安定すると,軽い運動から活動を再開することができます.激しい運動は避けてください.

 植込まれた機器は,通常,服の上からは分かりません.皮下の小さな瘤のように感じられることがあります.携帯型の操作機器で刺激感を調節することができます.刺激装置は精密医療機器ですので,強い磁場は厳禁です.

定期的な診察

 脊髄刺激療法は,時間とともに慣れてくることによって強い刺激感が必要になることがあります.また,一部の痛みがやわらぐことによって他の部分が痛く感じることもあります.病状の進行や薬の変更により,刺激感が十分でなくなることもあります.刺激感を最適に保つために定期的な診察を受けていただきます.

電池の寿命がありますので,数年で刺激装置の交換が必要です.電極の部分は入れ替える必要はありません.

植込み機器の抜去

 脊髄刺激療法は,必ずしもすべての人が一生受け続けるというわけではありません.病状が進行して,他の治療に変更することや,痛みが改善して不要になることもあります.脊髄刺激療法は神経を傷つけないので,必要でなくなった場合は機器を抜去することができます.

 この治療法につき十分ご理解いただいた上で、試験刺激,電極および刺激装置留置術をお受けいただくようお願いいたします.